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Selfishly

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金猫の恩返し Off本版3章


『 金猫の恩返し 』

  三章  ~ 銀の小さな首輪 ~


『うんざりする』
 そんな内心の呟きは、微塵も窺わせない真剣な表情を見せながらも、
ロイは先ほどから何度・何十度となく、欠伸を噛み殺していた。
 周囲には、高官や佐官達が顔をつき合わし、皆内心の思いはどうだかは判らないが、
形式上は熱心に討論を繰り返している。 と言っても、討論したところで、
すぐさま解決されるような事柄でも、打破する名案が飛び出るような事柄でもなく、
だらだらと同じような意見を繰り返しているに過ぎない。 が、上の者にとっては、
それにこそ意味と意義があるのだろう。 これ程、憂えているというアピールの一環だ。

 現在、ロイが参加している会議は、年に1回、一定期間の間行われる年間行事の1つだ。
 最初に参加した時には、真剣に軍の上層部を心配したが、どうやら、
民衆へのデモストレーションの1つなのだと察せられた段階で、
ロイにとっては下らぬ行事と認識が降ろされた。
 何せ議題が、『民衆への好感度を高める』等と、冗談なのか、
逆に小馬鹿にして怒りを煽りたいのか、良く判らないタイトルなのだ。
 であるから~。 なので~。とお経のように繰り返される言葉の数々に、
ロイの疲弊は蓄積されていく気がする。
 いや、気ではなく実際蓄積されているのだ。
 将軍のような高官は、会議だけが来訪の主体になっているから良いのだろうが、
ロイ達のように佐官程度では、通常の業務を代替わりして貰える筈もなく、
長々と続く会議を終えると、走るように持ち場に戻って、その間に溜まる業務や事件を片付けていかねばならない。 
 それを開催中毎日繰り返させられれば、ロイでなくとも嫌になるだろう。
 しかも運が悪い事に、今回の開催場所が東方だった為、ロイの日常業務に、
更に時間も労力も喰う警護が入って来て、正直、忙殺されるか、倒れるかの極限まで迫られている。 
 毎年、開催地になる佐官が、閉会後入院が多数出るのを、今回身を持って知らされた気持ちだ。

 がその苦労も、漸く今日で開放される。
 今日の閉会と同時に、各支部の将軍達を無事に見送れば、
ロイもやっと、日常業務だけに取り組めるようになるのだ。
 そんな安堵感に浸っているせいか、今日は少しだけ心のゆとりを持ちながら、会議に参加出来ている。
 今話している将軍は、北方支部に長く席を置いている。
 北方は国境に隣国と接しているせいか、小さな小競り合いが頻繁で、苦労が多いと聞いている。
 おかげで現在の司令官の将軍も、風土の冬景色のような頭髪になっているのが、少々哀れを誘う。

『北方か…』
 苦労人の将軍の話をスルーさせながら、ロイは自分の考えをスライドさせて、関連ある話を浮かべていく。
 前回にエドワード達が戻ってきたのは、北方への長旅を終えてきた後だった。
 珍しくも帰る日程を連絡してきていた事もあって、ロイは最近の習慣になっている、
家の買い置きの交換をしておいたのだ。 
 ある日偶々、深夜の街でエドワードを拾って連れ帰ってから、その後何度か家に泊めている。
 意外に律儀な性格をしていたらしく、泊めた翌朝には恩返し宜しく、
食事やら、家の事を片したりして戻っていくのだ。
 と言っても、外食専門のロイの家にある食材など知れていて、
最低限だけは買い置きするようになった物を、使っての程度ではあるが。
 が、その時は偶々早く帰れる事もあって、色々な店を回っている間に、
かなり大量の食料を買い込んでしまったのだった。

『あれは、上手かったな…』
 とその時の料理を回想する。

 エドワード達が戻り、報告書を提出しに来た時刻が遅かった事もあり、ロイは場所を変えようと提案した。
 以前ならけんもほろろに断られるのがオチだったが、最近はエドワードの態度も、
だいぶんと軟化してきていた。
 そして、そんなエドワードに付き合って行くうちに、ロイも今までは見えなかった彼の事が、
少しずつ見えてくるようにもなっていた。

「…別にいいけどさ、面倒じゃない?」
 そんな彼の素っ気無い返答の本当の意味も。
 言葉はぞんざいだが、言いたい事は、今はちゃんと伝わってくる。
 要は、仕事を終えたばかりのロイを気遣ってのセリフだ。
「私は構わないさ。 どうせどこかで、食事を取るか買うかするんだから、
 食事の合間に確認できれば、効率的だろ?
 そう言えば、君は終えてしまってたのかな? なら、先に確認をするが?」
「えっ? いいよ! まぁ…俺もまだだったし」
 その言葉に、なら行こうと促しながら、司令部を後にする。
 行き道に、何が食べたいか・お薦めの店はどこだと、たわいない話を続けながら歩く姿は、
 以前の関係からは、考えられないほど和気藹々と和やかだ。
「君など、色々な国を旅しているわけだろ。 地域の美味しい料理も、結構食べてるんじゃないのかい?」
「う~ん、そう言われればそうかも知れないけど、でも、あんたが食べてるような高級料理とかじゃないぜ? 
 ごく普通の家庭料理ばっかだからなぁ」
 自分の食べてきた料理を思い出しながら、首を捻って考えてみる。
「家庭料理か…憧れだな」
 思いがけない返しに、エドワードが驚いたようにロイを見上げる。
「なんだい、その表情は? 
 外食ばかりの独身男性にとって、家庭料理は憧れだぞ。
 それに私だって、そんなにしょっちゅう、高級レストランに行ってるわけじゃあるまいし。 
 それに…、店が開いてる時間に終わる事の方が珍しいしな」
 悔しそうな物言いに、エドワードは思わず噴出しそうになる。
「なんだよ、使う金はあっても、使う暇がないってか?」
 エドワードの返した言葉に、ロイが肩を竦めて見せる。
「仕方ないだろ。 日の殆どを司令部で過ごしてるんだ。
 食べに行く時間を捻出するだけでも、どれだけ根回しが必要か」
 はぁ~と大きなため息を吐きながらの言葉に、エドワードもそう言えばと同意の頷きを示す。
「あんたん家の冷蔵庫って、何も無かったもんなぁ。
 卵とパンがあるようになっただけでも、進歩って位だしさ」
 2度目に入ったロイの家の中で、初めて冷蔵庫を開けたときの驚きは、大きかった。
 立派な冷蔵庫の中に入っているのは、やたら目についた酒類と、貧相なツマミ程度の食材だけだったのだ。
 朝ご飯でも作って帰ってやろうと思ったはいいが、食材の買出しから、しなくてはならなかったのだから。
 エドワードの言葉が、あまりにもしみじみと憐れんでる気配が漂っていた所為で、ロイはムッとしたように言い返す。
「今はそんなに酷くない」
 そんなロイの言葉にも、エドワードの返答は冷たかった。
「ふ~ん…」
 明らかに信じていない…いや、口元に浮かぶ僅かな笑みは、ロイへの憐憫か。
「信じてないな…」
 不機嫌そうに告げられるのに、少しだけ考え込む素振りを見せて。
「別に疑ってるとかじゃないけどさ…。 んじゃぁ、どんなもんが入ってるんだ?」
 エドワードにしてみれば、料理を作らないロイが酷くないと言う品揃えなど、
たいした物じゃないだろうなぁ~と言う程度の気持ちで聞いただけで、
 別に疑っての事ではなかったのだが、名誉挽回とばかりに上げられていく食材の数々に、
聞いていくうちに目が大きくなっていく。

「どうだね? なかなかの品揃えだろう」
 自慢げに伝えられた言葉には、エドワードも素直に頷いた。
「ああ、それは確かに凄いな。
 で、そんだけの食材で、何作る気なんだ?」
 これも、エドワードにとっては、何気ない質問だった。 ロイの上げた食材の数々があれば、
さぞかし素晴らしい料理が出来上がるだろう。 そう思ったから、何を作るんだろう?と
素朴に思っただけだったのだが。
  が、答えはなく、夜も更けていく中、通りには人影も少なく、
二人の間にコツコツと靴音だけが帰り続けていく。
 ブロックを幾つか通り過ぎた時、黙り込んでいた二人の間に、
エドワードは控えめに自分の推測を告げようとした。
「大佐…もしかして…」
「言うな」
 ロイの速攻の静止に、合点がいったエドワードは、大きな、それは大きなため息を吐き出す。
「せめて、作るもん位考えて買えよな。 冷蔵庫に陳列して喜ぶものじゃないんだぜ、食料ってさ」
 腕組をしながら、目を閉じて呆れたように頭を振って、
そんな事を告げてくるエドワードを見ていると、自分はもしかして、
かなり馬鹿かも知れないと言う気持ちになってくる。
「…どうしたら良いと思う?」
 恥ずかしい気持ちを抑えて、料理の先達者としてのエドワードに、素直に教えを乞う。
「どうしたらっても、料理するしかないだろ? 
 大佐、ちょっとは料理出来るのかよ?」
 エドワードの確認の言葉に、今度はロイが頭を捻る。
「まぁ、出来ない事はないだろうが、何せ軍で野営の時に作って以来、作った覚えもないし…。
 正直、その食材をどう調理すれば良いのかも、思いつかないな」
「野営…」
 一流店に負けない品揃えで作るのが、サバイバル料理では、その食料たちも泣くに泣けないだろう。
 エドワードは、ふと浮かんだ料理のレシピを思い出す。
 そして…。
「ま、まぁ仕方ないな。 今回は俺が何とかしてやるよ」
 そのエドワードの言葉に、あからさまにホッとした表情を、ロイが浮かべる。
「そうかい? そうしてくれると助かるよ。 何せ今回は量が多いから、軍に持って行くのも面倒だし…」
「持って行く?」
 ホッとした余りに、吐露し過ぎた言葉にエドワードが反応して、更にロイを慌てさせる。
「いや、それは関係ない事なんだ」
「ふ~ん?」
 不思議そうに小首を傾げている様子に、ロイは話を返るように言葉を続けていく。
「で、どんな料理が出来るんだい?」
「ん? …、そうだなぁ、肉は師匠の家で教えて貰ったのが結構作れるし、
後、魚と野菜は、まぁたまたま、北方で食べたのが美味かったから、それを作ってやるよ」

 その後戻ると、その夜は時間も遅かった為、簡単な夕食で済ませ、
翌朝、朝からフルコース並の豪勢な食事を堪能した。

『が出来れば今度は、ゆっくりと夕食で食べたいものだ…』
 朝食では、食事にかけれる時間が限られてしまう。 朝食で食べきれなかった分は、
気を利かせたエドワードが、作り置きして冷蔵庫に保存してくれていた。 
 おかげで暫くの間、ロイの食事はなかなかの充実ぶりをみせていたと言えるだろう。 
 が不思議なことに、舌も腹も満足いく料理を堪能できたと言うのに、
二人で食べた簡素な朝食の日ほど、気持ちは膨れなかった。 その原因を追求してみて、
『やはり、料理は出来たてを食べるのが、一番だな』 と、
自分が納得する答えを、導き出してもいた。

「では、今期の会議の閉会を告げる。 参加してくれた将軍、諸氏の皆、ご苦労だった。
 今年度の成果達成を期待して」
 濁声の会議長の号令に、飛ばしていた思考を無理やり戻し、ロイは俊敏に立ち上がると、皆と同じに敬礼をする。
 そしてその後、会議の無事閉会を祝って、集まった将軍達が打ち上げの会場の話しに花を咲かせているのに、
恭しく礼をしながら退出し、ロイ達佐官は急ぎ足で、それぞれの持ち場や、帰郷の為に立ち去っていく。
 慌しく同僚達と別れを告げ、自身の司令部の扉を潜った時には、心身とも疲れすぎていて、
疲労困憊の様相を隠す気にもならなかった。

「お疲れ様でした」
 司令部の部下達の同情めいた挨拶にも、頷くだけで執務室に入っていく。 
「はぁ~」
 どさりと音を立てて椅子に座り込むと、疲れてささくれ立っている気持ちが、嫌と言うほど実感できる。
 それもそうだろう。 今目の前のデスクの上に積み上げられている書類は、会議参加中に溜まっていた決済分だ。
 日常の急ぎの部分は、出来るだけこなしはするが、警護の指示・確認をしながらでは、
集中して出来る時間も限られている。
 直ぐに取り掛かる気力も湧かず、ロイは飲み物でも貰おうと、インターホンで隣の部屋に頼む。

『疲れたな…』
 これしきの事でへばる程、軟弱ではないが、ロイとて疲れはする。
 先ほどまで、エドワードの料理の事を考えていたせいか、無性に彼の手料理が食べたくなってくる。
 レストランで作られている様な、お客に食べさせる料理ではなく、ロイの為に作られた料理…を。
 コンコンコン  と控えめなノックが聞こえ、頼んでいた飲み物が届いたことを知る。
「入れ」
 脱力していても仕事は減ってはくれない、どころか帰宅が遅くなるだけだ。
 飲み物を飲んだら、気合を掻き集めてでも、取り掛かるしかないだろう。
 そんな風に考えながら、ぼんやりと目の前の書類を眺めていると、横から飲み物を差し出される。
「ほら、元気出せよ。 差し入れもあるからさ」
 と掛けられた声が予想もしていない相手で、ロイは驚きながら、差し出されている手の主を見つめる。

「君か…」
 目を丸くして自分を凝視している相手に、エドワードは苦笑して話を続ける。
「なんだよ? 俺が入って来た事にも気づいてなかったのか?
 用心深いあんたにしては、珍しい…と言いたいけど、しょうがないよな。
 だいぶとハードだったらしいものな。
 ほら、食事もまだだろ? 出来合いを買ってきただけだけど、食べないよりマシだろ」
 そう言いながら、コーヒーと一緒に、大振りなサンドイッチを差し出してやる。
 本当は、自分の夕食用にと買い込んでいたのだが、ロイの帰りを待つ間に聞かされた惨状を聞いて、
ロイに差し入れてやろうと言う気になったのだ。
 ロイは差し出されたサンドイッチとエドワードを交互に見返し、
相変わらず驚いたように、無言でエドワードを見ている。
「ほら、見てても腹は膨れないぜ?  食べにくいんなら、
俺はもう帰るから、ゆっくりと食べろよ」
 そう告げると、じゃあと踵を返そうとした矢先。
「待ちたまえ 」
 ロイの呼び止めに、エドワードも動きを止める。
「いや…、ありがとう。 すまない、少しボッとしていたようで、礼を伝えるのが遅くなった」
 ロイの言葉に、エドワードは小さく笑って、気にするなというように、
首を軽く振り、立ち去ろうとする気配を示す。
 いつもながら、慌しいエドワードの行動に、ロイは肩を竦めながら、苦笑を滲ませた口ぶりで。
「鋼の、そんなに急いで帰ることもないだろう。
 折角、久しぶりに帰って来たんだ、お茶くらい付き合いたまえ。
 私も、独りで食事と言うのも味気ないしね。
 まぁ、急ぎ出かける予定があるなら、無理にとは言わないが?」
「えぇ~、俺にはそんな時間はないの…って言いたいんだけど、
今んとこ、目新しい情報も、文献もなくてさ…。
 まぁしゃーない、付き合ってやるとしますか」
 そんな風に返してくると、自分の分のお茶を取りに行った。

 ロイの食事の間に、ポツポツと会話をしていく。
 最近まで調べていた情報やら、旅での新しい発見や、出来事。
 そんな他愛無い話にも、ロイが楽しそうな様子を見せて聞いているようで、
内心エドワードは、ホッと胸を撫で下ろした。
 部屋に入った時に、疲れ切った様子を見せていたロイを、彼は彼なりに心配していたのだ。
 滅多な事では弱みを見せないロイが、脱力仕切ったように、手足を投げ出して、
椅子に凭れてぼんやりとした視線を泳がせている様子は、兄気質のエドワードの心情に訴えるものがあった。
 でも、こうして食事をしている内に、だいぶんと元気になってきたような様子に一安心だ。
 食事の間と言っても、サンドイッチでは時間が知れている。
 エドワードはロイが一息終えたのを見計らって、声をかける。
「じゃあ、大佐、俺もう出るな」
 その言葉に、ロイが嘆息を付いて肩を落として見せる様が
あんまりにも情けなく見えて、エドワードはついつい笑いを噴出してしまう。
「鋼の、君ねぇ…。 全く、私の身にもなってくれ給えよ。
 漸く下らない会議が終わったと言うのに、残務処理で居残りなんて」
 ガクリと項垂れる仕草が、ロイの心情を語っているが、まぁ軽口を言えるようになっただけでも、
元気が戻ってきた証拠だろう。
「お疲れさん。 でも、後は書類だけなんだろ? 頑張って仕事しろよ」
 そうとしか慰めようもない。
「頑張っても、精々が帰宅が少し早くなる程度じゃあ、やる気も湧かないさ」
 そう呟きながら、重い腰を上げようとして、ハタとある考えを思いつく。
そして、じっとエドワードの顔を見つめると、にっこりと笑って。
「鋼の、君、もう帰るだけなのかい、今日は?」
 と、問いかけてくる。
「そうだけど…」
 妙に愛想良さ気なロイの様子に、怪訝に思いながらも、そんな返事を返して、
後に相手の言いそうな事を思い浮かべて、慌てて、言葉を継ぎ足しておく。
「ちょお! 俺に手伝えってのは無理だぜ。 捜査とかは出来るけど、
書類決済手伝えるほど、軍の事は知らないんだから」
 そんなエドワードの慌てぶりに、ロイは肩を竦めると。
「いや、そこまで無理難題を押し付ける気はないさ。 まぁ君なら、
意外と私より向いているかも知れないけどね。
 そうじゃなくて…」
「そうじゃないなら?」
 じゃあ何を言おうとしているのか? 自分が手伝えることなど、そう有るわけもないし、
有っても手伝わされるのは、ごめんだ。と思いながら、慎重にロイの言葉を聞いてみる。
「なに別に、対した事じゃないんだ。
 君、ちょっと家で夕食を作って待っててくれないか?」
「…… 夕食?」
 ロイの言葉に、思わず拍子抜けしてしまう。
「ああ、いつも君が作ってくれている料理が意外に、私の口に合うようでね。
 今日も会議中だと言うのに、君の料理を思い出していたんだよ。 思い出すと無性に食べたくなるものだろ?」
 家に帰る楽しみがあれば、頑張ろうと言う気にもなるじゃないかとか言いながら、
ロイは自分の思いつきに、名案だとでも思っているのだろう、至極満足そうに頷いたりしている。
「何で俺が、そんな事まで…」
 表面上、面倒くさそうなポーズをして見せるが、作る人間にとって、
自分の料理を食べたいと言われれば、悪い気はしないものだ。
 が、「はい、OKです」と返してやるのも、自分勝手な提案をしている相手には、少々癪でもある。
 そんなエドワードの心情を、知ってか知らないでか、ロイが決定打のキーワードを告げる。
「勿論、無料でとは言わないが?
 丁度先日に、新しい文献が入ってね。 それで手を打たないか?」
 にこりと笑う表情が『断れないだろ?』と言ってるようで、勘に触るが、これに乗らない手はないだろう。
 エドワードも、したり顔でにやりと笑い返して。
「そう言う事なら、話は別だ。
 別にいいぜ、今晩でいいのかよ? あんたの都合がいい日でも、俺が居る間なら構わないけど?」
 とエドワードが了承すると、ロイも満足そうに頷き返す。
「ああ、出来れば今夜作って、待ってて貰えると嬉しいな。
 美味しい食事が待っていると思えば、早く帰ろうと言う気にさせられるだろう? 」
 さらりと言った言葉が、相手を喜ばせるところが、この男の喰えない点だ。 
「あっそう、わかった。 じゃあ、帰る頃見計らって作るようにするか…。 あんた何時ごろに帰れそう?」
 彼の意外な律儀な面は、こういう時にも有効らしい。
 ロイは、エドワードに気づかれない程度に頬を緩めた。
「そうだね…。 出来ればこの机の上の物は、片付けて帰りたいんだが、それでは遅くなりすぎるしな…」
 自分の机の上の書類と睨みあっているロイを、エドワードは軽く笑い飛ばして悩みを解決してくれる。
「時間の余裕があれば、凝ってるもんとか作れるし、腹がすいて直ぐ食べるモンがいいんなら、そうするだけだしさ」
 その言葉に、なるほどと頷いて。
「そうかい? 正直時間はかかるだろうから、前回のような料理もぜひ、食べさせて貰えると嬉しいな。
 帰れそうな時間は…、日付が変わる頃・・だな」
 それ以前には、この量では帰るのは難しいだろう。
「OK! じゃあ、張り切って買出しに行きますか」
 元々料理をすること自体嫌いではない。 ただ、旅続きの自分たちには、そんな機会も少なくなっているだけだ。 
 久しぶりに腕が振るえる事に、エドワード自身も喜びを見出せるチャンスだ。
 色々とレシピを思い浮かべ、頭の中で買出しのリストを書き出しながら、今度こそ執務室を出て行こうとする。
「ああ、待ちたまえ。 君、鍵がないだろう?」
 その言葉に、そう言えばロイの家に入るときは、いつもロイが一緒だったことを思い出す。
「そうだった…」
 帰るときは錬金術で、勝手に出てよいと言われてはいるが、
入るときにまででは、周囲に不審に思う者も居るかも知れない。 何せロイの家は、官舎の邸なのだから。
「んじゃ、あんたが帰る頃を見計らって、行くようにするか…」 
 それだと、余り凝ったものは作れないから、少々残念な気もするが。
 そう思い直しているエドワードに、ロイが引き出しから取り出した物を、近づいて、エドワードに手渡す。
「これを」
「これって…」
「ああ、私の家の鍵だ。 
 …まぁ、こんな事もあるかと用意した予備なんで、君が持っててくれて構わない」
「俺が?」
 驚いたように目を丸くして、自分を見つめるエドワードに、
ロイは用意しておいた理由を伝えてやる。
「ああ、君に文献を取り寄せたりした中で、司令部には持って来れない物もあるだろ?
 今後の事を考えたら、君に鍵を持っていて貰った方が、いち早く読めるし。
 私の方も、時間を気にしないで済むしな。まぁ…、ついでだついで」
 それだけ話し終えると、用件は終わったとばかりに、デスクに戻る。
 エドワードは、手の平の鍵と渡した相手を交互に見比べて、
暫く逡巡していたが、「わかった」と告げて、鍵を握り締めると、部屋を後にした。

 ***

 後日、その鍵にアルフォンスが、小さな鈴を付けてくれた。

「兄さん、物をよく無くすから、無くさないように付けておくね」
「ばーろぉ! 俺だって、人様の家の鍵を無くすほど、無責任じゃないぞ」
「あはは、そうだと良いんだけど。 
 ほら出来たよ、可愛いでしょ?」
 無骨な手にしては、器用なアルフォンスが、小さな鈴をリボンで鍵に結びつけて渡してくれる。
  チリンと微かな音が鳴る鍵を手に、暫く見ていたが、無造作にポケットに突っ込むと。
「ほら、行くぞ。 モタモタしてると、電車が出ちまう」
 元気よく歩き出す、エドワードの後ろを追いかけながら、
アルフォンスは小さな笑いを噛み殺す。
『でも、大佐も変わった人だよね。 兄さんに、大切な合鍵を渡すなんて。
 まるで、飼い猫に鈴を付ける、飼い主の行動みたいだな』
 そんな感想を抱いたが、機嫌良さげな兄に、水を差すこともないと、賢い弟は胸の内で呟くに止める。



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